ク マ?

『クマ』って、ご存知ですよね?
昨年の秋には、竹野も但馬も全国でも
あちらこちらで『クマ騒動』
ツキノワグマの受難の秋でした。
竹野でもあちらこちらに出没し、住人の
皆さんを始め大騒ぎでした。でも、
ちょっと考えてみてほしいことがあります。
それは、皆さん『クマ』ってご存知ですよね?
では、クマの何をご存知でしょう?
ちょっとそんなことを考えながら、わたしなりの
『クマ考』(クマ公ではありません。)を紹介します。

 始めに昨年、竹野に出没した『クマ』の跡についてごらんください。
 これは、竹野町轟地区のミゼミ川の入り口近くに出たクマのよじ登った柿の木の『クマ棚』です。直径20cm位の細い柿の木によじ登り、柿をむさぼり食っていたようです。
 柿の木の1m足らずの所に『爪跡』が残っていて、それほど大きなクマに思えませんでした。轟地区は来日山の麓にあたり、来日山は、矢次山から大岡山に至る山系です。竹野では椒地区にこれまで出てきた奴の仲間かなと思ったりもします。

次にご覧いただくのは、竹野町東大谷に出た奴の『跡』です。

  地元の人に出たという場所を案内してもらい、東大谷の畑に出向きました。やはり、20cm〜30cm足らずの柿の木に登った跡がありました。しかし、そのすぐ傍に下の画像のような『落とし物』を置いていったことです。そして、続く画像を見てもらうと東大谷に出たクマはちょっと轟や同町桑野本や坊岡で捕まった『若グマ』と違うのではないかということがわかっていただけると思います。
 上の画像のようにこの柿の木の爪跡を見た時、このクマも轟や桑野本のような若グマかと思ったのですが、その落とし物のサイズが、わたしのような素人でもわかる位、かなり大きい物でした。
 まさかと思いながら、ふと振り返ったら下の画像のようにヒノキの幹の高さ140cm位の高さに爪跡がありました。クマが立って爪跡をつけているところを想像していただくと東大谷に出たこのクマは、少なからずかなり大きい奴ではないかと想像していただけると思います。
 7年程前に竹野町の三原から、河内、坊岡、東大谷、そして海岸線は切浜、西に転進して佐津に向かったクマがいましたが、ひょっとするとそいつじゃないかなと思ったりもしました。
 このクマだと思われる個体は、この後、鬼神谷、須谷と跡を残して、北へ向かったようです。


「千本杉&古千本へ」

 地元では(日本全国でも同様でしたが…)、「クマが出た」と大騒ぎをしまして、教育委員会からはすぐさま、子どもたちのためにスズを用意してくれたり、とりあえずわたしも『対クマ・マニュアル』を配布したりと大わらわでした。
 この後、小丸地区と言う所にもクマは出没していました。先に坊岡で捕まったクマは、体長100cm、体重36kgの若だったそうです。かわいそうに『猪オリ』の米を食べに入っていたそうです。いずれにしても昨秋は、山に食べ物がなかったようです。海岸線では、椎の実はたくさんなっていたように思ったのですが …。
 クマも大騒ぎされ、幸い、撃たれることがなく『奥山放獣』で釈放されたようでよかったのですが、浜坂のクマのようにテレビで見ただけでも弱っているのがわかるのに、そのまま『奥山放獣』されて、その後死んでしまったというような若クマも多かったのではないでしょうか?
 騒がれるほどクマは悪いことはしていませんのにね。
 それより、県のクマの係の方が竹野のに来るのに5,6時間もかかるのは、どうにかしてほしいものです。猪オリに入ったものならまだしも、くくりワナにかかった奴を5,6時間もそのまましておくのもどうかと思いました。


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